3ヶ月程前のことでした。ボランティア全員が集まる会議の場に、JICAの職員の方がいくつかの織物をもって来ました。アルゼンチンの |
先住民族トバ(Toba)族の女性が織ったタペストリーとの説明でした。羊毛を使った素朴な織物です。手で触ってみると、がっしりとした |
力強い織物です。ずっしりと重く、太い糸の一本一本を丁寧に織った様子がうかがえます。伝統の模様らしい簡単な幾何学模様のタペ |
| ストリーと、今風に動物の模様を織り出したタペストリーの両方がありました。その場で配られたパンフレットには、トバ族の生活改善を |
| 支援するJICAのいくつもの活動とともに、トバ族の伝統的なタペストリーが多数の写真入りで紹介されていました。 |
| 先住民族とその女性達が織る伝統のタペストリ―― 興味が湧いてきました。アルゼンチンには大きく分けると8つの先住民族、細かく |
| 分けると実に約80もの先住民族がいると、本には記されています。その中でトバ族とは一体どのような人々なのだろう、どんな生活をし、 |
| 女性達はどんな環境の中でこれらのタペストリーを織っているのだろう。トバ族の集落に行って実際にこの目で見てみたくなりました。 |
そんな折、トバ族のリーダー的な役割を担っている女性がブエノス・アイレスの日本庭園に、タペストリー織の実演に来る予定がある、 |
と聞いた私達は早速彼女に会いに行きました。JICAのトバ族共同体支援プロジェクトは2005年に一旦終了したものの、NGO−Japan
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Deskという関連組織がその後を引き継いで支援を継続しているとのことでした。この実演も、トバ族のタペストリーを販売ルートに乗せる |
支援の一環だそうです。その日、ブエノスの日本庭園に行ってみました。2人の女性がタペストリー織の実演をしています。Japan
Deskの |
方に女性を紹介してもらいました。一人がスサーナ、もう一人がセリアという名前です。リーダー的存在がスサーナ。寡黙で物静かな40 |
代の女性ですが、がっしりとした体には、会う人々を包み込むような温かさがあふれています。セリアも同年代の女性ですが、彼女はトバ |
族の言葉以外は、スペイン語も話さないとのことで、スサーナと並んで黙々と手を動かしています。私達は思い切って2人に尋ねてみまし |
| た。「あなた方の集落を訪問したいのですが。」 スサーナの答えは「Si (Yes)」です。あとは、どのようにしたら集落に行けるのか、町に |
| ホテルはあるか、などなどを矢継ぎ早に質問です。どうやらトバ族の集落訪問が現実になってきました。 |
| アルゼンチンの北、パラグアイと国境を接するフォルモッサ
(Formoza)
州、その州都フォルモッサ市までここロサリオから900キロ。高 |
| 速バスで12時間もかかります。そこからさらに北西に10時間、450kmの旅があります。450kmに10時間もかかるのは、未舗装の部分が相 |
| 当距離含まれているからです。これでやっとインヘニエロ・フアレス(Ingeniero
Juarez)という小さな町に着きます。トバ族共同体の集落はフ |
| アレスの町からさらに数km北に行ったところにあるようです。 |
| 「体がもつか」という心配が頭をよぎりました。でも地図をよく見るとラス・ロミータス(Las
Lomitas)の文字が目に飛び込んできました。 |
| 私が以前、ブエノス・アイレスからロサリオまで乗ったバスが投石に会い、ガラス窓がこなごなに砕けた事件がありましたが、そのバスの行 |
| き先がラス・ロミータス(Las
Lomitas)でした。何とフアレスはラス・ロミータスと同じ国道沿いの160km先にあったのです。これが、運命的な |
| 出会いでなくて何でしょう。即決です。 |
| ハカランダの薄紫色の花で街角が埋め尽くされている9月9日、私達はロサリオを出発しました。ロサリオは夜9時出発です。ロサリオ |
| からフォルモッサへは数社の高速夜行バスが走っていますが、コチェ
カマ(Coche Cama)と呼ばれるゆったり座席のバスを選びました。座 |
| 席を水平近くまで倒し、足を延ばせるので楽さ加減が違うのです。でもバスはバス。揺れはどうしようもありませんし、途中いくつかの大きな |
| 市に停車すると、乗降客のために車内灯が点灯するし、トイレの真横の席で、トイレのドアが開け閉めされる度にバタンバタン大きな音がす |
| るし、すぐ目の前にある車内TVでは遅くまでビデオを流しているしで、殆ど眠れないまま12時間後の翌朝9時、フォルモッサ市に到着しまし |
| た。さすがにここで一泊です。翌日またバスに揺られ、“奥地”フアレスの町までの450kmを行かねばなりません。 |
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